TOP > 社長インタビューシリーズ 株式会社三越 代表取締役社長(現 会長) 中村胤夫氏

 

   

三越は、延宝元年(1673)、三井高利(三井家の家祖)が江戸本町1丁目に
越後屋呉服店を開いたことに始まります。
当時の商法をくつがえす「店前現銀売り」などで庶民の心をとらえ、繁盛しました。
明治37年(1904)12月6日、株式会社三越呉服店が設立。
日本初の百貨店としての道を歩み始めたのです。

近代的な百貨店という形で会社になって、今年で100年目を迎える三越。
創業当時から今なお受け継がれる心得とこれから新たな100年に向けての
取り組みについて株式会社三越 中村胤夫社長にうかがいました。

株式会社三越 代表取締役社長 中村胤夫さん

 

1936年11月生まれ 
慶応義塾大学法学部卒業後、株式会社三越に入社。
取締役・常務 銀座店店長、代表取締役・常務 本社経営企画室室長、
代表取締役・専務 営業本部本部長などを経て、2002年2月に代表取締役社長に就任。



○100周年を迎えての新たな取り組みや今後の展望などをおきかせください。

この100年、三越も時代の荒波の中で仕事をやらせていただいてきましたが、「三越」の先輩達が築いてきたブランドの重みを、この節目の100年目にどう確立していくかということで、様々な取り組みを行っています。

まず、昨年9月1日に百貨店事業5社新設合併を行い、新しい三越、そして小売業の中での百貨店として、いかに21世紀を生き抜いていくかを考え、今までの三越を思い切って21世紀流に一新させるべくスタートいたしました。もちろん、創業からのDNAは残しつつ、この21世紀も三越というブランドを磨き上げていかなくてはなりません。企業ブランドというものが、お客様にとって「安心感」、「信用」、「信頼」となり、それがあってこそ三越がこれからも商売を続けていく事ができると強く感じています。

では、具体的にどういう事を商売の中で柱にしていくか、ということで「三越版CRM」を推進して参ります。これは「お客様第一」という、創業以来331年、守り続けているものであり「真心でお客様にご奉仕」を第一に、お客様が欲している商品を店頭にしっかりと品揃えし、奉仕していくということです。ありふれたことではありますが「お客様と商品」、この要因をしっかりと提案しなければいけないと思います。

百貨店はいくつもありますが、これからの三越は商品の面でもサービスの面でも「三越ならでは」あるいわ「さすがに三越」だと思っていただけるような、そういう企業になっていかなければならないのです。

そして、その中で一番「核」になるのが「人財」です。百貨店で働いている人というのは、社員、パート社員、派遣社員という要員ミックスです。そういう中で、お客様に深いレベルのサービスを提供すると共に販売力を上げていくためには核となる社員が職場や現場でもっと力をつけ、皆をまとめてリードしていかなくてはなりません。そんな人財を育てていくために「リテールアカデミー」という教育の場を三越の中に作りました。別名「三越商い道場」とも言っておりますが、私が校長になって、昨年の9月からスタートいたしました。そこで学んだ人達が核となって現場に広め、定着させていく事がお客様に信頼されていく道であり、また一番近道じゃないかと思います。

○リテールアカデミーのほかに、社員の勉強として何かされていることはありますか。

毎朝、店頭で行なう「3分間スタディー」というものがあります。そこで商品の説明会をしたり、販売の仕方を学んだりしています。従来は朝礼として使われていた時間ですが、勤務体系がシフト化された現在、これまで朝礼で行なわれていた業務連絡や業績報告は各人にボードなどを見ることを義務付け、空いている時間をリテールアカデミーの一環として有効活用しています。

○現場での教育にも力を入れるということですね。

今こそ、こういう時代だからこそ、現場第一主義であるべきで、現場に全ての解決の鍵が転がっているわけです。
もちろん戦略的に考える人達も必要ですが、その戦略的に考える人達も現場を知っていないといけない。今、そういうことにズレが出ているということが企業にとっては一番の魔物です。

変化を読み取るためには現場主義で、現場に居てお客様の要望を探り出す。そして探し出すだけではなく、あぶり出して、それを商品やサービスに承継していこう、ということです。変化対応型も必要ですが、もっと進んで変化顕在型の小売業もあるべきです。欲しい商品をつかんで、探して、それでも無ければ作るということを徹底してやっていくということで、お客様のご指示を得られるのです。

○この秋オープンする本店、新館での展開についておきかせください。

国内外の店舗ネットワークをいかし、その中心として、この新館を21世紀のランドマークとしていきます。

海外の店舗でも商品の調達や開発を行なっていますが、バイヤーが現地で判断した商品や、三越が戦略的に手がける輸入品なども、この新館で展開していくなど、ネットワークで構成した売り場としていきます。

その他、実際の店舗をベースにインターネットにアクセスしていただけるという事で、その総合的なステーションも出来ます。また、三越各店と本店のダブルでのおもてなしをするという意味でのくつろぎの場なども準備中です。

○かつて銀座店店長でいらした、その当時を振り返られて忘れられないエピソードなどはありますか。

世界の中でも、銀座4丁目ほど広告効果がある場所は無いと思うのです。海外の人たちの評価も非常に高い。

勿論、パリのシャンゼリゼ、ニューヨークのタイムズスクエアもあるけれど、商品を中心にして成りたっているのは銀座です。銀ブラというのは、なるたけお洒落をしたい。そしてお買い物に行こう、というイメージが強いわけですよね。全国から来て「まず銀座へ行こう。」という人が多いように、銀座4丁目というのは宣伝広告効果が非常に高いのです。

そして、そういう場所にある銀座三越は、もっともっと情報発信をする店でありたい。商品もサービスも人の働き方も全て新しいものがそこから発信されている。つまり情報の発信基地です。そこで、私が店長の時代にプレスルームを作ったのです。実際、記事を書いている記者の人達が集まる場所にしなければならない。色々な情報をこちらから発信する場が必要だと。

銀座店側としては何か新しいものを常に探し出さなくてはならない。店頭に出さなくてはいけない、という事を記者の方々が来るがゆえに作り上げていく。そんな効果をもたらす場所としてプレスルームを作りました。それが今も続いている事を嬉しく思います。

また、来て下さったお客様がすぐわかるように、エスカレーターの周りにあった壁を取り外して昇りながらショッピングが出来る用にしました。お客様の滞留時間は少ないですから、各階に話題づくりの売り場を設けて、それらに目をとめて奥に入ってくれるように障害物を減らし、エスカレーターショッピングを実現させました。

○変わりゆく銀座に対して思われることは

最近の銀座は、日本の銀座から世界の銀座へと、バランスがとれた街になってきたと思います。

少し静かだった1丁目や6丁目、7丁目にもどんどんヨーロッパのブランドが入ってきた事でバランスもとれ、世界の中心が日本になってきたと思います。そういう点からしても、もっと誇りに思ったほうがいいと思います。

街として綺麗でお店が沢山あって、みんなの憧れの銀座なんです。だから銀座の中で働く人もそういう意識をもって働いていただきたいと思います。

以前、銀座で働いていた私としても、自分達の銀座というものを、世界の銀座、という意識で造り上げていった方がいいと思います。そして、銀座三越もその役割を果たしていきたいと思います。


2005年 取材・文 GINZA STREET 編集長 小野裕子

 

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